私の6SN7プリアンプに搭載している600Ω定インピーダンス型アッテネータの設計から製作までを順番に記事化します。
1) なぜ定インピーダンス型のアッテネータを導入しようと思ったか?
真空管構成のコントロールアンプやパワーアンプに音量調整の機構を挿入する際、一般的にはプリアンプならドライバー段と出力段の段間に図のように可変抵抗器を設置します。パワーアンプであれば入力段のグリッド入力部分に可変抵抗器を同様に設置します。このようにすることにより、受け側の真空管の第1グリッドには前段の出力電圧が可変抵抗器で分圧されれ入力されるため音量調整が可能となります。この方式は非常に単純な回路で音量調整が出来るものですが、欠点として前段側から見た出力負荷がボリューム位置によって一定にならないということがあります。
図1-1の例ではRiが50kΩ, Rgが1MΩとした場合、前段(入力端子)から見た負荷抵抗はボリューム位置によって50kΩ(Min Vol)から47.6kΩ(Max Vol)迄変動します。Rgが1MΩと大きなため変動幅はあまり大きくないですが・・・

この影響を低減したり回避する方法がいろいろ提案されていますが、本項では600Ωインピーダンス回路に挿入するブリッジT型アッテネータをボリュームコントロールとして使用する方式をとりました。今回はブリッジT型アッテネータの設計(計算)方法および製作事例を記事化します。
ブリッジT型を採用した理由は前段から見た負荷インピーダンスが一定であること、信号回路に挿入される抵抗値4本に対して値の大きなものが信号に直列に入らないことといった理由です。600Ωインピ―ダンスを選択した理由は誘導ノイズに対する影響度を受けにくく、引き回しの距離を長くすることも可能であること。また市販品のブリッジTアッテネータと比較のための交換も可能といった理由からです。デメリットとしては減衰に必要なステップ数×2+2本の抵抗が必要となることです。
まず、ブリッジTアッテネータの設計に入る前に600Ω回路にT型アッテネータを挿入して必要な減衰量を得る方法を考えてみましょう。
2) T型アッテネータ

まず図1.2の中で
Rs=RL=Rと置く。
前段(A点)から負荷側を見たTotalインピーダンス(=R)は
R=R1+R2//(R1+R) 式(1.1)
また、この回路の電圧減衰率K(K≧1)とすると
K=Ei/Eo=(Ii×R)/(Io×R)=Ii/Io 式(1.2)
R2に流れる電流はIi-IoとなるのでR2の両端に発生する電圧Er2は
Er2=(Ii-Io)×R2
このEr2はIoがR1と負荷側Rを通る際に引き起こす電圧降下と同等となるので
Er2=Io×(R1+R)
従って
(Ii-Io)×R2=Io×(R1+R)
Ii×R2=Io×(R1+R2+Z) 式(1.3)
Ii/Io=Ei/Eo=Kであるから
K=Ii/Io=(R1+R2+R)/R2 式(1.4)
R=R1+R2//(R1+R)から
R=R1+[R2×(R1+R)]/[R1+R2+R)] にKを代入すると
R=R1+(R1+R)/K
R×(1-1/K)=R1×(1+1/K)
R1=(1-1/K)/(1+1/K)×R
R1=(K-1)/(K+1)×R 式(1.5)
1/K×(R1+R2+R)=R2であるから
1/K×(R1+R)+1/K×R2=R2
1/K×(R1+R)=(1-1/K)×R2
R2=1/K×(R1+R)/(1-1/K)
R2×K=(R1+R)/(1-1/K)
R2×K=[(K-1)/(K+1)×R+R]/(1-1/K)
R2=[(K-1)/(K+1)×R+R]/(K-1)
=[1/(K+1)×R+R/(K-1)]
=R×[ 1/(K+1)+1/(K-1) ]
=R×[(K-1)+(K+1)]/[(K+1)×(K-1)]
=2R×K/[(K+1)×(K-1)]
=2R×K/(K^2-1) 式(1.6)
以上により、減衰率Kを満足するT型アッテネータのR1,R2を求めることができました。このT型減衰回路をセレクタースイッチにて複数段切り替えればオーディオ用のボリュームコントロールに使用可能ですが、この方式では減衰率にかかわらずインピーダンスが一定という条件は満たすもののボリューム1ポジションごとに3個の抵抗を切り替えねばならないため抵抗の個数とセレクタの接点数が無駄に多くなってしまいます。上記の 式1.5と式1.6はこの後、重要な部分で参照します。
3) ブリッジT型アッテネータ

図1.3にブリッジT型アッテネータの回路を記載しました。回路内のA,B点の間に入るRの抵抗は入出力インピーダンスと同じ値を用います。A,B点間にはもう一つRaの抵抗が記載されていますが、このRaとRbがこのブリッジT回路で減衰度を決定させる抵抗の組合せです。ブリッジT内部の2つのRとRaに注目すると、この部分がデルタ型に接続されていることがわかると思います。▽の上辺がRa、▽の下側の2つの斜め辺がRになります。この▽回路はY回路に等価変換が可能です。

図1.3のブリッジTアッテネータ回路中のR1,Rと図1.4のT型アッテネータ回路内のR1,R’2の関係は等価変換の式から以下のようになります。
R1=R×Ra/(2R+Ra) 式(1.7)
R’2=R^2/(2R+Ra) 式(1.8)
式1.5および式1.7より
R1=(K-1)/(K+1)×R=R×Ra/(2R+Ra)
(K-1)×(2R+Ra)=Ra×(K+1)
Ra×[(K+1)-(K-1)]=2R×(K-1)
2Ra=2R×(K-1)
Ra=R×(K-1) 式(1.9)
式1.6および式1.8より
R2=2R×K/(K^2-1)
R’2=R^2/(2R+Ra)
Rb+R’2=R2
Rb=R2-R’2
Rb=2R×K/(K^2-1)-R^2/[2R+R×(K-1)]
=2R×K/[(K+1)×(K-1)]-R^2/[2R+R×(K-1)]
=2R×K/[(K+1)×(K-1)]-R^2/(2R+R×K-R)
=2R×K/[(K+1)×(K-1)]-R^2/[R×(1+K)]
=2R×K/[(K+1)×(K-1)]-R/(1+K)
=2R×K/[(K+1)×(K-1)]-R×(K-1)/[(K+1)×(K-1)]
=[2R×K-R×(K-1)]/[(K+1)×(K-1)]
=R×[2K-(K-1)]/[(K+1)×(K-1)]
=R×(K+1)/[(K+1)×(K-1)]
=R/(K-1) 式(1.10)
式1.9と式1.10からブリッジT型のアッテネータに必要な
Ra=R×(K-1)
Rb=R/(K-1)
を導き出すことができました。
4) π型アッテネータ
今回の設計製作はブリッジT型のアッテネータで、その条件を導出するために定インピーダンスのT型アッテネータの固定減衰量と抵抗値の関係も示してきました。固定減衰量の定インピーダンスアッテネータにはT型と対をなすものにπ型があります。設計・製作事例とは関係ありませんが、本項にてπ型アッテネータの抵抗値設定について記しておきます。
式の展開による証明は行いませんが、定インピーダンスのT型アッテネータの設定値からY-Δ変換公式を用いればπ型アッテネータの設定値が求められます。

図1.5においてT型アッテネータの各部の抵抗をRa,Rb,Rcと置いたとき それと等価な π型アッテネータのRab, Rbc, Racとの関係はY(T)型からΔ型への変換公式から
Rab=Ra+Rb+Ra×Rb/Rc
Rbc=Rb+Rc+Rb×Rc/Ra
Rac=Ra+Rc+Ra×Rc/Rb
となることがわかっています。
定インピーダンスのT型回路において
Ra=Rb=R1
Rc=R2
が成立しているとします。その時
Rab, Rbc, Racは次のようになります。
Rab=2R1+R1^2/R2
Rbc=R1+R2+R1×R2/R1=R1+2R2
Rac=R1+R2+R1×R2/R1=R1+2R2
式1.5及び式1.6から
R1=(K-1)/(K+1)×R
R2=2R×K/(K^2-1)
を代入すると
Rab=2R1+R1^2/R2
=2(K-1)/(K+1)×R+[(K-1)/(K+1)×R]^2/{2R×K/[(K-1)×(K+1)]}
=2(K-1)/(K+1)×R+[(K-1)/(K+1)×R]^2×(K-1)×(K+1)/(2R×K)
=2(K-1)/(K+1)×R+[(K-1)^2×R^2/(K+1)^2]×(K-1)×(K+1)/(2R×K)
=2(K-1)/(K+1)×R+[(K-1)^2×R^2/(K+1)]×(K-1)/(2R×K)
=2(K-1)/(K+1)×R+(K-1)^3×R/[(K+1)×2K}
=2(K-1)/(K+1)×R×[1+(K-1)^2/4K]
=2(K-1)/(K+1)×R×[4K/4K+(K-1)^2/4K]
=2(K-1)/(K+1)×R×[4K+(K-1)^2]/4K
=2(K-1)/(K+1)×R×[4K+K^2+1-2K]/4K
=2(K-1)/(K+1)×R×(K+1)^2/4K
=2(K-1)×R×(K+1)/4K
=(K-1)×R×(K+1)/2K
=(K^2-1)/2K×R 式(1.11)
Rbc=Rac=R1+2R2
=(K-1)/(K+1)×R+2×2R×K/[(K-1)×(K+1)]
=R×{(K-1)/(K+1)+4K/[(K-1)×(K+1)]}
=R×{(K-1)^2/[(K+1)×(K-1)]+4K/[(K-1)×(K+1)]}
=R/[(K+1)×(K-1)]×{(K-1)^2+4K]}
=R/[(K+1)×(K-1)]×(K+1)^2
=(K+1)/(K-1)×R 式(1.12)
5) ブリッジT型アッテネータ ステップ毎の減衰量の設定
ブリッジT型アッテネータの可変抵抗の組合せの計算方法は出ましたが、実際にセットに組付けるにはステップ数の決定、ステップごとの減衰量を決定し、その結果抵抗値が決まります。また減衰量Kは単純に入力値と出力値の単純比率となっていますので、dBに変換することも必要です。
GをdBベースの減衰量としたとき
GとKの関係は
G(dB)=20×log(K) (K>1)
であるので
K=10^(G/20)の関係があります。
したがって
Ra=R×(K-1)
Rb=R/(K-1)
の算出式は
R1=R*(10^(G/20)-1) 式(1.13)
R2=R/(10^(G/20)-1) 式(1.14)
と置き換えることができます。
図1.1で示したような通常のA型ボリューム抵抗使用時のボリューム回転角と抵抗分圧比率を定インピーダンスアッテネータの信号減衰で模擬させる場合は図1.6で示すようなイメージになります。小音量時には回転角に対して減衰率(dB)の変化が大きく、大音量時には回転角に対して減衰率(dB)の変化は小さくなります。

実際に機器に組み込むための定数設定に入ります。そのためにはアッテネータに使用する多ステップのセレクタースイッチを選定する必要があります。私のプリアンプではメイン(全域)の音量調節用と、高域の音量調節用の2か所でブリッジTアッテネータを搭載しています。どちらもSEIDENの56SGシリーズです。メイン用は34ステップ、高域補正用は16ステップのセレクターを選択しました。
ここでは34ステップのメインアッテネータの設計製作について記述します。まずはメインアッテネータの減衰量設定を仮決めし、それを実現するための34ステップの各ポジション毎に抵抗値を算出します。製作時の設定は厳密には上記のAカーブ計算結果に沿ったものとはなっておらず、単純にAカーブを想起出来るようなゲインカーブを描いています。(今回の記事化での再検証の結果、製作時点ではAカーブっぽくはなっていたものの正確にはAカーブとなっていなかったことがはっきりとしました。)
抵抗については、どのメーカーのどのシリーズを組み合わせるかを決めることが重要です。私はこのアッテネータを製作する際にDaleのNS2Bという無誘導巻線抵抗が音質面でとても評判が良かったため、まずはそれを候補として必要な値の抵抗がカタログ上そろっているのか、値段は予算に入るかなどを検討しました。その時DaleではありませんがアメリカのMILLS社からNS2Bと同じ無誘導巻線抵抗のMRAシリーズ(MIL規格)が販売されていて、抵抗値や消費電力のラインナップがDALEよりも広く値段もいくらか安いことがわかりました。(※これは製作した2006年当時の情報です)。ちなみに消費電力5Wタイプの抵抗値ラインナップはE24系列より若干細かく1Ωから10Ωの10倍区間に28種類の設定値がありました(※2025年現在のラインナップにて再確認、E24系列は24個)。
最大減衰量が大きくなるとR1抵抗値は大きなものを選定する必要があります。一方MILLSの5W型無誘導巻き線抵抗の上限値は22kΩであり、音量を絞った側の12ポジションについては22kΩより大きな値の抵抗が必要です。サイズと値段がオーバーしてしまいますが、選択範囲を12W型まで広げると91kΩまでカバーできるので5ポジション分は無誘導巻線タイプが使用可能です。それでもあと7ポジションに関してはMILLSの無誘導巻き線抵抗ではカバーできないため、他の品種の抵抗を探す必要があります。製作時点では、PRP Resistor社の Metal Film type PR9372 1/2W抵抗を採用することにしました。またR2抵抗についても減衰量を0.55dBに設定すると60kΩが必要となり5W無誘導タイプのレンジを外れますが、1dB以上減衰量を確保したポジションでは5W無誘導タイプのラインナップの中に収まります。
実際の定数選定にあたっては、理想減衰量と設定減衰量の乖離度合い、抵抗値をラインナップからしか選べないための実質減衰量の誤差、インピーダンスのミスマッチ度合いのバランスを取りながら1ポジションごとに設定決めを行っています。実際に製作したメインアッテネータに採用した抵抗の種類と値は以下の通りです。

抵抗値の組み合わせから算出されたインピーダンスの誤差は最大3.7%(抵抗自体の誤差は含まない)に収めることができています。
抵抗値の一覧表の他に、ブリッジT型、T型、π型アッテネータの抵抗値算出が出来るエクセルシートを添付しておきます。
また、回路図の形であらわすと次のようになります。

5) ブリッジT型アッテネータの製作と試聴
34ステップのブリッジT型アッテネータを製作するためには基本的には34×2+2本即ち70本の抵抗が必要で、これを地道に組上げる必要があります。セレクターにSEIDENの56SGタイプを選定していたため、5W型の抵抗を組付けるには面倒くささはあるものの特に困難さは感じませんでした。ただ手先が不器用なため出来上がりはあまり褒められたものにはなりませんでした。組みあがったアッテネータをご覧ください。(左右独立構成としたため2個のセレクターが必要となりました)
このアッテネータの音質の評価については、自己設計・製作したことやパーツ選定のこだわり等によるバイアスが大きくかかっているため正当なものにはなりません。少なくとも満足はしており、不満を理由に他のものと交換したいとまでは感じません。ただ1点気になるところがあったのでここに記述すると、ソース側の入力レベルが高いタイミングで、音量の調整を行おうとすると”パツッ”というノイズが入ることです。入力が無音か低い値の時にアッテネータのどのレンジで音量調整してもこのノイズは発生しませんが入力が高いときには必ずと言っていいほどこのノイズが発生します。この点につきましてはアッテネータのつまみをデフォルトの金属製から樹脂製に変えてみたときになくなる(あるいは低減する)ことがわかりました。アッテネータ各部の部品間の導通性を確認したところ、少なくとも金属製つまみからシャフトを経由してアッテネータのフレームまでは導通状態で、フレームがアンプのシャシーからは浮いていることが確認されました。音量調整時に金属製のつまみに触れた際に浮遊静電容量に変化をきたし、つまみを回した際にこの容量が入力信号に影響を与えているのではないかと推察し、アッテネータのフレームを信号用グラウンドに接地してみたところ、この現象は一応見られなくなりました。フレームの接地が今回のノイズの根本的な対応策となったか否かは発生メカニズムを含めてすっきりと納得できたわけではありませんが、結果オーライとして受け入れることとしました。
6)補足・高域用ブリッジT型アッテネータ
高域用のアッテネータは16ステップで最大減衰量16dBで設計を行いました。このブリッジT型アッテネータにT型の固定減衰量(15dB)のアッテネータを直列に挿入するか否かのセレクトスイッチを設けたため組合わせにより0~31dBの減衰量を可変することができます。
高域用ブリッジT型アッテネータの抵抗値設定表

こちらのアッテネータはメイン用と比べて切換えステップ数が16ステップと半分以下となってるため、1段の中に2回路封入されているため、左右一体型で仕上げることができました。こちらについては製作当初より、メーンアッテネータであったようなノイズのトラブルは発生していません。(接地の状況が違うのか、高域用の為500Hz以上の信号に対してノイズの振る舞いが違うのか・・・)
高域用ブリッジT型アッテネータ回路図

6) 予備品
今回記事にしているメイン用のブリッジT型アッテネータは実は自作2号機です。1号機もほぼ2号機と同様の抵抗構成となっており現在はお蔵入り状態となっています。(動作に問題なし)2号機との相違点はR1用の高抵抗がPRPではなくRIKENのRMA,RMGとなっていることと、一部の減衰ステップで若干のゲイン誤差やインピーダンス誤差に目をつぶって抵抗を共有しているところです。
ブリッジT型アッテネータ1号機の抵抗値設定表


本記事はここまでとします。